おかえり、サウンドトゥルー

桜の蕾からピンクがのぞき始めた4月上旬ーー。

8年4ヶ月の競走馬生活を終えたサウンドトゥルーが、船橋競馬場からノルマンディー小野町(福島県)を経由し、故郷である岡田スタッド(静内目名)に到着しました。
まだ肌寒い馬産地の春に慣れないようで、少しプルプルと震えていました。



今年2月17日の金盃(S II)に出走の際は、三連覇とはいかなかったものの3着と奮闘。
しかし、3月中旬の調教中に右前脚種子骨を骨折…。

11歳ながらも、現役続行出来るパワーが充分あっただけに、関係者をはじめ競馬ファンは落胆した方も多かったはずです…。

多く人の想いを背負い走り続けた、美しい栗毛の砂王――。

「騎乗したスタッフ誰もが『大人しすぎて走らないのでは?!』と、言っていたんだよ。筋肉量が多くコツコツとしていて躓くことが多かったけど、筋肉も皮膚も繊細でとてもキレイな馬だった。」と、岡田スタッドグループ代表 岡田牧雄氏は育成時を振り返ります。

気性的な問題で去勢を行なうのが一般的ですが、筋肉量や質を考慮し4歳でサウンドトゥルーは騙(セン)馬に。

筋肉を見極める能力があれば、馬をやっていける!と確信し、去勢はどうあるべきかを自分の中で確立出来たのが、サウンドトゥルーだったとのこと。
その後、確信が現実となり、5~7歳時にはチャンピオンズカップ(現ジャパンカップダート)をはじめ地方を含め3つのGⅠを獲得。

内を突いて、直線で外に出す――。

「チャンピオンズカップは、オーナー・調教師・ジョッキーの考えが全てはまったレースで、これまでを振り返ってもこんなレースはそうそうないよ…。」
思い通りの展開で勝つことの難しさを幾度も感じてきたからこそ、感激も一入だったはずです。
その年、JRA賞最優秀ダートホースに輝きました。
それから8歳で船橋競馬へ移籍し、10歳時には地方重賞2勝を挙げ、生涯成績は68戦13勝。

長きに渡る戦いを終えたサウンドトゥルーは、JRA重賞勝ち馬長寿記録(36歳8カ月27日)を持つマイネルダビテが過ごした馬房で馬生を送ります。
お世話に関わるスタッフの一人、小澤亨介さんがサウンドトゥルーへの思いを語ってくれました。
「馬の手入れや扱いを教えてくれたのが、マイネルダビテでした。ダビテの方が自分よりずっと年上だったので、“先生”のような存在でした。サウンドトゥルーは競馬を始めた頃、“ダートで大外から差してくる強い馬がいるなぁ…”と印象に残っていました。まさか、その馬に自分が関わるなんて思いもしませんでした。毎日関われることが嬉しいですし、これから末永く共に過ごしていけたらと思います。」

馬に携わる人たちにとって、馬は「気づきや学び」を与えてくれる存在なのです。

最後に、岡田牧雄代表が「引退後の馬生を考えなくてはいけなくなったことが、本当に嬉しいことだね。」と、語ってくれました。

生産から育成、そして馬生を見据えたホースマンとしての挑戦はこれからも続きます。

※21年5月31日現在、緊急事態宣言と怪我の療養中の為見学は不可となっております。
 今後の見学については「競走馬のふるさと案内所」ホームページにてご確認いただきますようお願い致します。