第5回「Hidaka Player’s Talk」河合正人さん

北海道大学の河合と申します。ほとんどの方が初めて、はじめましてということでよろしくお願いします。

まず最初に「北海道大学の先生がなんでこんなところでしゃべってんだ」ってさっき入ったところで妹尾さんにも言われたんですけども、北大の牧場がこの新ひだか町の静内にあったってことをご存知だった方は?ちょっと・・・チラホラ、あ、そうでもない、結構知っていただいていてありがたいです。けど、なかなかご存じない方も町内にはいらっしゃって、たまに街でお酒を飲んでタクシーの運転手さんに「北大牧場まで」って言うと、「どこですか?」、タクシーの運転手さんも知らない。「桜並木のさらに奥に3キロくらい走ったところにありますよ」というと、新冠牧場って北大牧場の手前、桜並木の突き当りのところに農水省の牧場があるのは皆さんご存知なんですけど、まさかその裏に北大の牧場があるっていうのを知らない方が多い。ので、一つは樋口さんにお話いただいた時に北大の牧場がある、ここにある意味とか、我々大学の牧場としてこの地域にどういう事ができるだろうかということをお話しようかという風に真面目に考えていたんです。けど、一方で堅苦しい話もあるけども、「人となりであるとか、生き様とかそういうことも話してください」ということでした。

と、いうことで、ポスターにも色々、最初の方にも書いていただいていましたけども、大阪で生まれました。1969年生まれですので、来年晴れて50歳になって、もう半世紀生きるということになるんですけども、阿部さんと違って私は浪人して北大に入りましたので、1年余分に地元にいまして、19歳まで大阪にいました。その時に北海道に憧れてというお話から始まって学生生活、学部の4年生までは札幌キャンパスの方にいたんですけど、大学院の5年間をこの静内で暮らしました。98年までということで、まだ静内がこんなに、国道沿いも、申し訳ないですけど寂しい時代で、家電量販店とかショッピンクモールとかまだなくて、ここが私の唯一の買い出しするピュアに食材を買い出しに来て暮らしてた5年間でした。

その後、無事就職できまして、帯広の方に帯広畜産大学っていう大学があるんですけど、そこで17年間教職をしまして、いろんなことやりましたけど、そこで学んだこと、アフリカとか南米に行く機会がありましたのでその辺の経験を生かして、じゃあこの4月で静内に戻ってきて北大の教員として来て丸3年になるんですけど、これらの経験でこの大学の牧場で私が、あるいは牧場がどういうことができるんだろうという話に繋げていこうかと思っています。けど、多分、時間押してしまうと思いますので、最後に関西人をしゃべらすのは間違いだと思うんですけど、だいたい大阪とか関西の人間って長くなっちゃう、余計なことしゃべりだして長くなるというのが常ですので、長かったら長いと、もうやめろ、と言う風に止めてもらえればと思います。

 

まず、一番大事な、と言うか、私どもにとって一番大事な北大の牧場ってどういうところかというのを簡単にお話させていただきます。これが牧場の航空写真なんですけど、ここが新冠牧場ですから、この辺に桜並木の突き当りがあって、そこに新冠牧場、農水省の事務所があります。そこからずっと砂利道を通って3kmくらい走ると私どもの牧場の事務所があります。面積として470haとありますけど、北海道の方々に牧場の広さを言ってもたいして広くないっていう話になるかもしれませんけど、大学の牧場としては日本国内で一番大きいところです。南北に3.5kmくらい東西に1.5kmという東京ドームちょうど100個分というところですね。札幌ドームで言うともうちょっと小さい、90個くらいかもしれませんけども、比較的大学の牧場として大きいところです。牧場と言っても森林が約7割、この右側全部林になってるんですけども、この林も使って家畜を飼っている放牧しているという、ちょっと独特な牧場です。そこで肉用牛150頭と馬100頭を飼っているという牧場になっております。

じゃあ肉用牛、何を飼っているかと言うと、今現在は日本短角種というかなりマイナーな、聞いたことない方が多いかもしれませんけども、肉用牛を飼っています。新ひだか町、三石牛とか黒毛和牛が結構今増えてる状況ですけども、一応この日本短角種というのも和牛の一つです。和牛イコール黒毛和種、霜降り牛肉って思ってらっしゃる方がほとんどだと思うんですけども、それはしょうがなくて和牛の中の96%、97%は黒毛和種です。ちょっと牛肉好きとか畜産農家の近所で育った方なんかは今だと「あか牛」という名前で、たまに北海道内でも「XX牛あか」とか、よくコマーシャルでありますけど、その「あか牛」ですね、あと阿蘇の「あか牛」、九州熊本で有名な「あか牛」って言われるのが「あか毛」、褐毛和種というのが残りの数%のうちの95%くらいです。超マイナーな、超々マイナーとなると無角和種、山口県に400頭くらいしか残っていないので、もしかしたらなくなっちゃうようなところかもしれませんけども、日本短角種も、もともと東北で作られた牛で北海道でも今千数百頭くらいしかいないような牛です。うちの牧場の飼い方に適してるだろうということで今導入しているんですけども、ちょっと後半でその辺のお話もできればなと思ってます。

あと札幌のキャンパスで搾乳牛が飼われているので、うちの静内研究牧場には搾乳施設はないんで肉用牛だけなんですけども、札幌でまだ子供を産んでいない、搾乳できないお乳を出さない牛を預かって放牧して、ここで妊娠してもらって分娩前、子供を産む前に札幌に返して札幌で搾乳が始まるというようなシステムで、10頭ばかり毎年預かって飼ってます。馬も牛と同じく、マイナーな北海道和種という在来馬、日高にはあんまり、あんまりというかほとんどいない、昔は軽種馬農家ごとに雄馬を飼って、当て馬っていいますけども雌馬の発情をチェックするために雄の扱いやすい小さい北海道和種を飼っていたという時代もあったそうですけど、今はほとんど見ない、北海道和種というのを100頭くらい飼ってます。

日本でこれもまあ雑学としてご存知な方いらっしゃるかもしれませんけど、8つの、8馬種の日本の在来馬というのがいます。合わせても1,700頭くらいしかいません。今日本中の馬全部合わせると69,000頭くらい、7万頭切ってるんですけども、そのうちの1,700頭くらいしかいないのが日本の在来馬。ただその1,700頭のうちの1,100頭、65%くらいが北海道和種で、北海道にはまだ在来馬が比較的残ってる。戦時中第一次世界大戦とかあの辺の時には北海道和種馬だけで9万頭いたと言われてるんですけど、今は1,100頭しかいない、他の在来馬は30とか40とか多くても百数十頭、これもまた絶滅の危機に瀕しているという状況です。こういう北海道和種というマイナーな馬と、日本短角種というマイナーな肉用牛を、山を使って傾斜地を使ってマイナーな飼い方で飼ってる、という牧場になってます。十数頭ですけども、乗用馬、サラブレッドの血が入った、純粋なサラブレッドは今いないんですけども、学生が来た時に実習したり乗馬実習に使うような乗用馬も十数頭飼っています。

 

牧場のアナウンスというかPRは一応ここで一旦中断して、私の生き様までいかないんですけども、大阪の岸和田市という、結構今全国的に「だんじり祭り」っていうなかなか荒っぽいお祭りがありますけど、そこで生まれました。ガラの悪いとは言わないですけど、荒っぽい地域で育った割にはおとなしく、すくすくと成長してきたと思うんですけど・・・。子供の時から動物とか鳥とか野鳥も好きで、ウルトラマンよりは仮面ライダー派だったんですけども、小さい頃大阪で育って、中高と大阪で暮らすんですけども中学校の時は高いところに登るのが好きでなんやかんや言うと登ってて・・・。まだ丸坊主でおとなしくて、生徒会長とかそういうのをやったりしました。けども高校に行くとやっぱり我々の世代だとビーバップハイスクールっていうのがまさにピンポイントで来るわけですけども、一応進学校に進学したのでそこまではグレなかったんですけど、若干ちょっと悪ぶってるような感じの高校時代を過ごしてました。この高校で修学旅行が北海道だったんです。残念ながら日高の方には寄らなかったんですけども、道東の方ですね、摩周湖とか十勝川温泉とか。小清水の原生花園で、日高の馬じゃなくてオホーツクの方で重種馬を放牧したりしてるのに、動物好きでちょっと興味があったんで、こういうので北海道回ってるときに北海道の大自然とか動物とかに憧れて「来たいな!」というのをなんとなく思ってました。

そうこうしているうちに、今の若者が農学とかをめざすというと銀匙、「銀の匙」っていう帯広の農業高校出身の漫画家の方が描かれた、映画にもなった、まだ今週刊誌で連載されてますけども、あれに憧れて北海道とか農業に来る学生さんが今現在多いんですけど、我々の時代は「動物のお医者さん」。というのが、これが少女漫画だったので雑誌に連載してるときはちょうど高校生で読んでなかったんですけども、私が大学入学した年にこのコミックの1巻が発売されました。これで獣医に、動物好きやし北海道の大自然で犬猫も家畜もいいけども、どっちかというと野生動物の獣医さんとか、あるいは国立公園のレンジャーとか、そういうものに憧れて日夜勉学に励もうと思ったんですけども・・・。なかなか北海道の大自然であの~、勉学には励めません。ここで親元を初めて離れて一人暮らしを始めると確実に遊びまくってしまいます。当時まだスノーボードなんてほとんど売ってない、札幌のスキー場でもほとんどできない、国際の1つの斜面でしかボードできないとか、で今はニーキュッパとかサンキュッパで3点セット買える時代ですけど、当時20万とかワンセットにかかった、という時代だったんですけどもボードはじめたり、バイクを親に内緒で買って乗り回したり、自転車で北海道一周したり、スキューバのライセンス取ったりと、遊びまくった。ので、当時獣医学部とか畜産学科とか農学部とか工学部というところに大学入試を受けるんじゃなくて、まとめて理系は理1理2理3、文系は文1文2文3、まとめて取って入ってから成績でどこに行けるというのを割り振られた時代でした。ので、「動物のお医者さん」が大流行して獣医学部の成績がどーんと上がったところにこんなことをしている学生が行けるわけがなくて・・・、獣医学部を落ちて農学部に行ったと、まあ今思えば自分としては良かったなとは思ってます。

初めて静内に来たのが1991年の2月、2年生から3年生に上がる時の春休みに1週間泊まり込みで札幌から畜産学科の学生が静内研究牧場に実習に来ます。その時に静内というところで「いかにも昭和」な感じの写真ですけども、座学もしながら牛の実習であるとか、馬を追ってとか、ちょっと乗馬実習みたいなこと、厩舎作業というのを1週間体験するという実習がありました。当時うちの牧場まだサラブレッドも飼ってたんで、サラブレッドの分娩シーズンですから分娩管理とか種付けを見学に行ったりというような実習もさせていただいて、その時に北大の牧場で北海道和種馬という「どさんこ」を飼ってる、しかも山の中で放牧しているというのを目の当たりにしました。野生動物好きとか最初に申し上げたとおり大自然に憧れて北海道に来てる、野生動物も好きだったんですけど、そういうところで人の営みというか生活に近い家畜を飼うというのが妙に面白くというか、興味深く感じて、これに関して研究したいなと思いはじめた頃でした。

夏は夏で今度2週間、泊まり込みで札幌から来て牛の管理とか牧草上げとか雑草刈りとかしながら一応メインイベントとしては乗馬実習というのがあります。これもなかなか全国の国立大学の中で、毎日とは言わないですけど3日に2日くらい2週間ぶっ続けで乗馬実習するという大学はなかなかないかと思うんですけども、当然今はちゃんと馬場があるんですけども当時そんなのなかったので放牧地で走る。で、最初は走れません、もちろん。たまに落ちたりするやつとか、あと、これも最初は一列にちゃんと隊列組んで放牧地走ってるんですけど、もう30mくらい走るとバラバラバラってなって最後こう落ちるっていう感じの実習ですね。なんとなく2週間するとそれなりに走れるようになって乗れるようになって最終日には山の中トレッキングに行くという、結構スパルタな実習をやってもらったし、今私がやってるところです。

その時に、最初の表紙で私が馬乗ってる写真使わせていただきましたけど、これ、91年の7月、私が20歳の時に3年生で乗馬実習した馬、晴宗(ハレソウ)という馬なんですけども、この年、この馬は89年生まれですから2歳です。昔でいうと明け3歳で、初めて牧場実習、学生が乗るという実習にデビューした馬でした。当時の先生が「じゃあ河合これ乗れ」ということでずっとこの馬に乗って、この時2歳ですけども、その後大学院に私は進むわけですけども大学院に行ってからも、今度後輩たちが来るとこの晴宗に乗って指導する、ティーチングアシスタントという役割をしたり、たまにちょっと研究が嫌になると裸馬に乗って山の中歩いたりというので一緒に生活をしてきた馬でした。ドクターに入っても、山の雪の中乗ってみたいなとか。これが無事学位をとって、博士号を取った就職する直前のときですから、ちょうど10歳の晴宗ですね。と、最後記念写真を取って帯広に旅立って行ったわけですけども、その後17年経って戻ってきた時に、まだ生きて待っててくれたわけじゃないでしょうけども、26歳ですか、でもうボロボロにガリガリになりながらもせっかくなので乗せてもらったり。勿論こうなると実習には使えないので、家畜として残すのはどうなのかっていう議論も、難しい議論もあるんですけども、こういう馬にせっかくなので家族も息子たち3人にも全員乗ってもらって、初めて3人共自分で手綱持って乗ってもらったのがボクが学生時代に乗ってた馬、というので結構感慨深いものがありました。

その3人乗せた後で去年の1月の10日に旅立って、朝起きたら起きれなくなっちゃって・・・。やっぱり馬が立てなくなるというのは、もうその後結果は決まってるということなんで、ボクの眼の前で息を引き取ってもらったというようなのもあって・・・。子供たちにも命とか死とか家畜とペットの違いとか、というのを話するきっかけになってくれた思い出の馬でした。

 

研究として堅苦しい話をしてるとあれなので、林間放牧っていう林の中で馬を飼いましょう、大学院に入ってからはじめた研究なんですけども、ササで家畜を飼う、山の中で飼うんです。じゃあササをどれだけ食べて、どれだけ利用して、そもそもどれくらいのエネルギーになって、とかという、諸先輩方が全然こういう研究してなかったもんですから、いきなり放牧地に出してどれだけ食べるかというのを測定するのはすごく難しいので、最初の2年間、修士課程マスターコースに行ったときはひたすらササを山から刈り取ってきて、葉っぱを檻の中であげて、糞を拾って分析して、という研究をしてました。無事修士論文をまとめたんですけども、これだけだと放牧地で馬が自由に歩き回ってっていうのに憧れてマスターコースに入った、大学院に入ったのに、自分が興味があることが全部じゃないんですけど殆どできてない。しかも東京ドーム100個分の広大な面積で100頭の馬が放たれてる牧場で、学生は馬使ってるのは私一人、というところ。その環境を考えると2年間で卒業してしまうのはもったいないなと思って、博士課程に進みました。ですから研究者になりたいとか、大学に就職して子供たちに教育したいとか、そんな大それた思いは全くなくて、自分がやりたいことをやろうと思って、親に無理言って博士課程に進ませてもらいました。

じゃあ栄養の実験だけじゃなくて、実際に放牧した時にその放牧地でどうやって動き回るかとか、その動き回った結果、ササが食べられるんですけども、そのササがどういう風に変化しちゃうか、なくなっちゃうと次の年の餌がなくなるわけですので、どうやって上手に山の中で家畜を飼うかっていうテーマで栄養の実験に加えて、草地ですね、牧草ではないですけども野草地の植物の実験と馬の動き方、の「栄養・草地・行動」という3つのキーワードで研究をはじめました。それが今も、この3つが私のキーワードという風になってます。

じゃあ具体的にどんな実験をしたかと言うと、季節関係なくずっと放牧地に出す、天気も関係ない、馬はずっと外にいる、気温も関係ない、そこで実験するわけですから、1年中ザック背負って馬の栄養の実験するためにうんこしたらうんこ拾ってザックに入れる。これがまた冬の放牧地で暖かくてカイロ代わりになっていいんですけど、背中からじわじわ温まりながらずっと馬についていく。当時GPSとかそういうものがないので、等高線を自分で引いた手書きの地図とコンパスと、ICレコーダーなんてありません、テープレコーダーです、マイクロテープってキュルキュルキュル、キュルキュルキュルとかいいながら録音しながらずっと馬の行動観察をするというような3年間でした。これは今でも、道具は変わってますけど、結果的に今もそんな感じの実験をしてます。春とか夏も放牧中ずっと馬についてザック背負いながら、冬も歩き回ってると。

無事98年に博士論文を仕上げて帯広畜産大学に就職するわけですけども、それからもせっかくなので、ちょくちょく静内に寄せてもらってここの静内研究牧場で学生の実験とかで使わせてもらったり、新得に若干ですけども北海道和種馬の林間放牧している試験場、施設がありますのでそういうところで、先ほど大雪の被害の写真も出ましたけども、なかなか滅多に静内だと新ひだかだとそこまで降ることはないですけども、十勝の方の山奥へ行くと80とか1m近く降るような環境でも同じような実験して比較すると同時に、昔は馬と植物、餌となるササの話だけを考えてまとめてたんですけども、当然その途中から本当に山の中に馬入れていいのかというような疑問というかを抱くようになりました。それが、もともとササを食べてた野生のエゾシカ、エゾシカも今増えてすごく大問題になってますけども、日高地方が一番エゾシカの生息密度が高い大問題の地域ですけども、そのシカへの影響とか、ササの下に住んでるねずみへの影響、そのネズミを捕って食べてるキツネとか、昆虫とか鳥とかそういう生態系、大きく見ると土とか水とか空気への問題なんかもまとめて林間放牧というのを考えないといけないなと思って今でも一つのテーマとして行ってます。

ササをなくさないという、餌として環境を守るためにという考え方も1つなんですけども、逆の考え方も最近持つようになりました。いいか悪いかは別にして、夏に放牧するとササがなくなっちゃいます。冬放牧するとササは比較的残ります。じゃあなくなったら環境破壊、生態系への影響、という話にもなりますけども、実際には北海道ってササが多すぎて困ってる、林業の邪魔になるとか、あるいは山登りする時に藪漕ぎが大変とかというのでササをなくそうとしている地域も結構あります。そういう時にどうしてるかというと、ブルドーザーで土砂ごとドーンとササをなくしてるっていう現状なんですけども、見るからに環境に優しくない。じゃあ放牧が優しいかって言うとこれもちょっとまだわかりませんけども、でも緩やかに葉っぱを家畜に食べさせることで森林の管理ができないかという馬の新しい使い方みたいなのを考える。馬じゃなくても牛でも羊でもいいんですけども、森林管理に馬の力、家畜の力を使えないかというのを1つ考えてます。ササがなくなるとササの葉っぱがなくなる、そうすると地面に陽の光が当たる、と天然更新、木の種が落ちるとか植物の種が落ちたものが発芽してそれが成長していって天然更新を助けてくれる、森林とか植物の更新、新しい命が芽吹くというものの邪魔者になっていたササを家畜の力でなくしてやる、という考え方です。そうすると特に夏ですけど、放牧をずっと続けていくとササがなくなっていろんな植物の種が入ってきます。樹木も草本も含めて、そうすると北大で93科504種っていうすごくたくさん。今どきの言葉でいうと植物の多様性がどんどん大きくなって広がって、いろんな植物が生えくると山歩きしてても楽しいであるとか、あるいは北海道ですから観光客がたくさん来るわけですけども、そういう観光客の方がトレッキングして歩いたり、馬に乗ったりする時にササ薮を歩くよりもちょっと見た目に楽しい、という観光資源になったり、あるいは馬を入れることによって下草だけじゃなくて2mくらいの高さまでどさんこだと首が届くので、その辺の葉っぱとか木の枝とかをかじってなくしてくれます。小さい木なんかは踏みつけてなくしていい感じに間引きしてくれる、そうすると歩きやすいし見通せる。観光資源としてこういう家畜っていうのを使えるんじゃないか、もっと言うとそこに馬が放牧されているともっと観光客の方が喜んで来てくれるんじゃないか、そういうのを考えながら、ササを守る、維持しながら放牧するという方法と、ササをなくしながら観光とか森林管理を行うという、両極かもしれませんけどもいろんな家畜の使い方というのを考えてやってます。

 

帯広行って色々やったんですけどもダチョウなんかも、色んなことやりたがりなんでやったんですけど、最後にというか、アフリカに行く機会がありました。マラウイという私も行くまでどこにあるかわからない国ですけど南アフリカから飛行機で3時間半くらい、飛んだところにあるアフリカの中でも下から3番目4番目くらいに貧しい国です。JICAの協力プロジェクトで行く機会がありました。畜産が専門ですから、行くまでは、日本から専門家が行って何するかというイメージとして、現地の大学の先生とかあるいは普及員の方に日本の畜産技術を伝えるというのが使命だと思い込んで行きました。ですからセミナーとかを開いて日本の教科書とかを紹介したり欧米の教科書を紹介したりというのをやって。家畜栄養の専門家として行ったので、現地で使われている餌なんかをひたすら集めまくって500点近く、3年間で。1年で3回か4回行くんですけども、これを現地で乾かしてコーヒーミルで、市販のコーヒー挽くやつで粉にして、スーツケースいっぱい入れて持ち帰ると。これが怪しい!色とりどりの怪しい粉がスーツケースいっぱいに詰まって必ず毎回戻ってくる。もちろん日本では農水大臣の許可を得て輸入許可取ってるんですけども、途中途中寄る空港空港で止められます、当然。後でお話するパラグアイ、南米なんかはもっとシビアで別室に毎回連れて行かれて、説明して解放してもらうというものでした。まあ一生懸命分析を500点くらいしまして、その結果を農民たちに伝えても、悪い言い方をすると教育を受けてない方々なので、数字とか単位とかキログラムとかグラムって言われてもわからない方々です。じゃあ例えばこれ、とうもろこしを粉にした後、食べるのは人間が食べる、手で捏ねてお湯でちょっと煮込んで手で捏ねてぐちゃぐちゃして食べるっていうのが主食なんですけども、その時に粉を挽いた後の糠の部分、とうもろこしの糠っていのうのが家畜に与える唯一の穀物由来の飼料。なので、大事なタンパク源エネルギー源なんですけど、これをどれくらいあげればいいかとかがわからない。

何したかというと、草ととうもろこしの糠をどのくらいの組み合わせであげる、日本人だと「25キロと2キロあげてください」でなんとなく伝わる、子供でも伝わるんですけども、25キロがどれだけかわからない。じゃあ結果いろんな方にやってもらって、現地の方だいたい、こうやって頭に乗っけて物運ぶので、この頭に乗っけれる、おばさんが、お母さんが頭に乗っけれるのがだいたい30キロなんです。ボクも乗っけましたけど、首折れそうになりましたけど、30キロ乗せるとちょっと折れそうなので、それをちょっと軽めにしたくらいが25キロとか20キロですよ、というのを重さ当てクイズみたいな感じでやってもらったり。このとうもろこしの方は、最初1人だけこの女性の方が「私は5キロあげてます」って言ったんですね。初めて数字と単位を農家の方から聞いたのですごく教育受けてらっしゃる方かな、「じゃあ5キロ見せて」っていうと「はい」って片手で渡されたんです。5キロってそれなりですよね、お米の5キロの。ポイッて渡されたんでどう見ても5キロじゃない。じゃあ何が起こってるんだろうと思ったらバケツの内側に5って書いてあるんです。5リットルのバケツなんです。水を5リットル入れると5キロだけど、粉ってパン粉みたいな感じです、ふわふわしてる。それをすり切り5リットル入れて5キロになるわけないんですけど、5って書いてるから5キロって言っちゃう。そういうのにどれくらいが5キロ、5キロってやりすぎなんですけど、ちょうどこれ、2キロがこれだったので1日の量でちょうどいいっていうのを覚えてもらったり。あるいは1キロっていうのをどんだけっていのを手ですくってもらったり。両手ですくって大人の手で7回すくうとちょうど1キロになるんですけど、ボクが前の晩から徹夜で練習して、7回でちょうど1キロになるいい頃合いのやつをやって「はい、誰でも7回やったら1キロだよ、これを朝あげましょう、夜になったら誰でも7回すくったら1キロだよ」、「これが1日の牛のエサですよ」、1日5リッターしか出さないですが、牛のエサの量っていうのでみんなで覚えようというのを農家の人と一緒にやりました。

こういうのが現地の人と一緒にやるっていうこと、あと、子供たちができる技術というのを教えるっていうのが途上国に行っての我々の役割なのをアフリカで学びました。基本、マラウイも南米も一緒なんですけども、ここも大学から行ってる教員としては学生連れて行って研究とか普及も当然しますし、大学の講義室借りてとか普及所とか農協の中央会のところに行ってセミナーも当然開くんですけども、やっぱり農家の人に色々、農家の軒先を借りて近くの酪農家の人たちに集まってもらって、いろんな話を聞いて。言うだけじゃなくて、現地の声を聞いて何を求めてるのか我々に、というのを聞いてました。その一つで、暑い国なので牛も昼間は食べたがらないから夜食べる、涼しくなってから食べる、ですけどもどう説得しても現地の人は「夜食べない」って言うんです。家畜っていうのは朝と夕方食べて、その間に昼間ちょこちょこ食べるけども暑い地域だと夜食べるんだという、畜産をちょっとかじってる人だと普通に考えることが現地では通用しない。「それは日本の牛だからだろ」とか、「欧米の牛だからだろう」、「俺らのパラグアイの牛は夜は寝るもんだ、俺らも寝るし」。というので、まさかパラグアイで行動観察するとは思わなかったんですけど、パラグアイの牛も夜食べるんだよ、というのを見せるために、パラグアイで3日に1回24時間ずっと牛の行動を見て、パラグアイで取ったデータをパラグアイにお見せする。これが一番大事だというのも学びました。あとは搾乳実習して、絞り方ちょっと変えるだけで牛乳の量が1キロ増えます。日本だと阿部さんなんかいつも絞ってらっしゃるからわかるかと思いますけども、普通に1日30キロとか35キロ、40キロ牛乳を出します。それが1キロ増えたから、農家にとっては1キロ増えるってすごいことなんですけど、35が36って、大したことないって思われることが多い。ですけども、現地は6キロ7キロです。6キロが7キロになるって言うとすごい収入にも繋がるんで1、キロ増えるっていうのはすごい喜ばれました。

こういうちょっとしたことが、やっぱり現地で使える技術っていうのを教えるっていうのが、我々せっかく行くんだったらやんなきゃいけないこと。特に批判するわけじゃないですけど、たまにやっぱりお金がついてるプロジェクトとかで、あまり役立ってないような支援の仕方っていうのがどうしても目に付きます、海外に行くと。これマラウイなんですけども車に乗ってる時に上の方にこの小屋が見えたんです。何だろう、すごく立派な、村人たちがこういうちょっと汚いって言うと語弊がありますけど、子供たちが住んでるところにむちゃむちゃ立派な建物がある。気になって寄ってみたんですけどもこれ堆肥場だって、堆肥場。で、どうもヨーロッパの方が来られてここに堆肥場をまず作った。その後、「鶏たくさん持って来るよ、機械もたくさん持って来るよ、そこで働くところができると皆さん村の人雇用できるよ、ここで作った堆肥を畑に蒔けば循環していいものが、村が栄えるよ」っていう触れ込みのもと、ヨーロッパ資本でこれが建ったらしいんです。ところが建って終わり。鶏も来ないし機械も来ないし、唯一せっかく糞尿を入れる、“発酵”させるところなので、村人たちは一生懸命自分たちで飼ってるヤギの糞を村中集めて、何ヶ月もかかってこれだけしかできないです。この部屋が5つある。で、村長さんも「何に使えばいいかなあ」って真剣に悩んでらっしゃって、「せっかくだからむちゃむちゃ立派なんで子供たちの学校とかそういうのに使うしかないでしょうね」っていうのを半分冗談で言うと村長さんも真顔で「そうだよね、学校にしよう」という話になっちゃう。税金対策とかでこういうのを建てちゃうとか、あるいはこれも批判じゃないですけどもプロジェクトが進んでいる間は立派な機械とかを買って分析とかに使うわけです。で、プロジェクトが3年とか5年で終わると、プロジェクト隊員は引き上げる。そうすると現地の人は使えない。メンテナンスもできない。何百万何千万の機械が埃かぶって地球の反対側で眠ってる、っていうような支援をやっちゃってる部分もありますので、こういうんじゃなくて、ちょっと地道に、っていうのが現地で学んだ。

それをやっぱり私もここに来た限りやらなきゃいけないと思ってて、1つは、これも日本の牛肉生産を批判するわけじゃありませんし、こういうのが大事だとも思ってます。ただ現状として、三石は三石牛ってありますけども、日本の一般的な飼い方だと黒毛和牛霜降りの牛肉を作る、1頭700から750キロ、お肉が700キロじゃないです、もちろん。体重が700キロということはお肉としては二百数十キロです。せいぜい250キロ。この250キロの牛肉を作るために穀物、とうもろこしとか大豆とかを5トンとか6トン使って霜降り牛肉を作るわけです。あるいはホルスタインの去勢、北海道ですから酪農家から雄が生まれてくると全部肉になるわけです。これも黒毛よりも成長は早いですけども21ヶ月で800キロくらいまで持っていきますけど、このときもやっぱり5トンくらいの穀物を与える。この結果美味しい霜降り牛が、A5ランクとか、4等級以上というのができるわけですから、私もこれ食べたい、日本の嗜好にあってる。ですけども、そればっかりでもないだろうっていうのが海外行って感じたことです。

日本は豊かですけども、アフリカとか南米行くと自由に食べれない、子供たちが3歳とか5歳まで生きれずに、次何ヶ月後かに行ったら子供が2、3人減ってるとか、というのが普通のところです。穀物は人間が食べるもの、牛は草を食べる、人間が食べることができない草を反芻動物、草食動物に与えて飼うというのが根本なんじゃないかというのを改めて、考えたわけじゃないですけど改めて思い出したことです。それで、札幌のキャンパスでは北大では草で牛乳を作りましょう、静内では草で肉を作りましょう、というコンセプトでやってます。ですので、当然霜降り牛肉なんかはできないですけど、これだけで売ろうとも思っても売れません。正直、日本人には硬すぎるし今まで食べたことないような草臭いとか、いうような味かもしれませんけども、オプションとしてそういうのがあっていいんじゃないかな。例えば三石には三石牛っていうブランド牛があったり、これ以外に昆布を食べさせて黒毛を育ててらっしゃる方もいらっしゃいますし。いわゆる高級霜降り牛肉っていうのが地域にあって、それとある意味真反対の飼い方をしているものとセットで売り出す、というよりも味わってもらう。特に、三石牛ってありますけどほとんどが東京の方に出てるという風に聞いてます。地元の方は余り口に、三石の方にお肉屋さん提携しているところありますけども、殆どが東京の方に行ってる。せっかくだから地元でこの最高級のA5ランクとか。うちの肉出してもA2です。ほとんど霜降りなんて入ってない。でもこれはこれでありなんじゃないかと。オプションとして食べ比べセットみたいなのが町なかで売られれば1つの、地元の人に食べてもらったりあるいは観光客の人に食べてもらったりする、地域おこしじゃないですけども、そういうものの1つと考えられるんじゃないかと。

あと大学の教育研究機関ですから、ちょくちょくは私戻って来た後も、来る前も地元の小学生たちが牛触りに来たり、馬に乗ってもらったりっていう、食育の一環として、山歩きして、家畜と触れ合ってもらう。そういうのを近場に感じてもらうような施設として使っていただければとも思いますし、これは協力隊のもうお一方の糸井さんの企画でうちの馬の使用飼育施設を見学に来て、もちろん座学もそうですけども、どさんこという日高ではマイナーな馬を見てちょっと学んでもらったり、時々ですけども札幌競馬場とか円山動物園とかに出前授業に行って「馬ってサラブレッドだけじゃないんだよ」みたいな話を私の方でお話させてもらったり、というのもしてます。あとは、北大生で、最近一年生でいろんな、それこそ工学部とか、文学部とか、全然農業以外の学生さん達に一年生の時に来てもらって、馬乗るとか牛触るは牧場ですから当たり前ですけども、森林があるので森林の中の植物の勉強をしてもらうとか、あるいはそこに住んでる野生動物、ねずみのトラップ仕掛けて野ねずみ捕まえて触ってもらうとか、あるいは土掘って森林とか畑を支えている土壌ってどうなってるんだろう、というような、農業だけじゃない生態系を体感してもらうようなのを大学生向けにやってます。

これ冬も、先週ずっと1週間やってたんですけども、牛を追ってもらって、冬だから山歩きしやすいとか、野生動物の足跡を見つけやすいというのも大学生も大喜びでやってもらってた。ので、こういうのを地元の子供、だけじゃなくてみなさんでもいいんですけども、小学校とか町内会とか子供会とか、そういうもので有意義に、立場上「遊びに来てね!」とは言えないんですけども、教育の一環として企画していただければ、結構協力できる施設だと自負しております。ので、これを機会にどんどん使っていただければと思っています。

かなりオーバーしましたけども、以上です。どうもありがとうございました。

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