第5回「Hidaka Player’s Talk」加藤エミさん

 

みなさんこんばんは。ちょっとしゃべる前に一言みなさんにお伝えしたいことがあるんですけど、さっきわたしアベタクさんの横に座らせていただいたんですけど、すごい至近距離で「どうも」とか言ったんですけど、目の輝きがすげい、やばい、すごいめっちゃピュアな瞳をしております。「太陽の瞳」みたいな。ね、まあそれはまあいいや、みたいな、そんな感じです、よろしくおねがいします。

 

その後の協力隊3号の生きる道と題しまして、はじめさせて頂きます。

「祝・故郷に錦」ということで私は新ひだか町東静内の出身で、浦河の協力隊になったんですけども、結構あの浦河町内でお話することとか、新冠とかちょっと東京で呼んでもらったこともあってあちこちでお話したことあるんですけど、新ひだかでお話することは初めてなので「ちょっとみなさんお邪魔しますって」感じで。あちこちしゃべってる割には話は特に上手ではないのでサクッと終わるのでしばし我慢して聞いてくださいね。

去年の3月まで浦河町の地域おこし協力隊として活動していました。3月なのでだいたい1年経ってその間いったい何をしてたのかって話をちょっとするのと、これから何をしたいのかっていう話をさせて頂きます。

 

そもそも誰なのって言うことで、私の自己紹介をさせて頂きます。

私は2014年の8月に浦河町3人目の協力隊員として札幌からやって来ました。今より8キロは痩せております。浦河病というのがありまして、浦河に来ると10キロ太るという恐ろしい病があるんですね、今頑張って痩せているところです。今浦河町の協力隊は8人位、9人、なんかそれくらい、こないだ新聞に新しい協力隊の男性の方が入ったって出てたと思うんですけども、私は割と最初の方、3人目で入っております。

 

この辞めてから1年何してたのかという話をさせて頂くと、こういうのを作ったりしてちょっとデザインの仕事をさせて頂いたりして、こちらの樋口大先生からお仕事頂いてありがとうございます。樋口さん東京で私が小さいところでお話した時も最前列で聞きに来て下さって、すごい大変お世話になっております。

 

こういう様似町とか浦河町観光協会とかから仕事を頂いてデザインの仕事をしてみたり、写真撮るのが得意なのでまた観光協会さんのWebサイトの写真を撮ったり、下の料理の記録写真みたいなのもあちこちから頼まれて撮ったりしてました。

この写真は浦河町のマイクソーセージっていうソーセージ屋さんがあるんですけど、そこのパンフレットを作って欲しいということで写真とちょっと調理をしてテーブルのスタイリングみたいなのをさせていただきました。あんたデザインデザインって言ってるのに料理?って感じになると思うんですけども、私は実は本業としては飲食関係の仕事をしてまして、日高管内だと新冠町内のベンチタイムさんに10年前に働いていて、浦河町のラピラータっていうケーキ屋さんがあるんですけどそこのオープニングスタッフとしても2年くらい働いていました。その後札幌でカフェとか定食屋さんとかお弁当屋さんとかで働いていて、ずっと飲食の仕事をしております。

 

この写真は浦河町にあるカフェアッシュさんというところでちょっと1日お店を借りて甘味屋さんをやった時の写真ですね。今デザインとか写真とかの仕事の他に何をして稼いでるの?というと、4件くらい掛け持ちして、短い時間で1日何軒も行って結構時間融通利かせてもらうところに行ってお金を稼いでおります。何でそんなことをしてるかって言うと結構デザインの仕事とかパッと入ったりするんで、自分の時間をある程度融通が利くようにしたいと思って、そういう長い時間の仕事に敢えて就かないで、ふらっとしながらいろんな職場をふらっとしながら「ふらっと系人材」といううちの協力隊の1号だった今町議をしている武藤さんって方がいるんですけど、その作ったと言われる「ふらっと系人材」という言葉があるんですけど、そういう人が地域に1人いると、あっちで呼ばれてこっちで呼ばれてっていう感じで、いろんなチャンスがあって、なんというか面白いという生き方ができると思うので、すごいいいなと思ってそのポジションになりたいと思ってそういう働き方を敢えてしております。生活に困らない程度の収入ありますので大丈夫です。心配なし。何でこんな話するかって言うとこの映像を今うちの母がDVDになって見るらしいので、ちょっと親が心配しないようにそういう話をさせて頂きますね、すいません。

 

 

新ひだかで生まれて札幌にお仕事の関係で行って、なんで浦河に移住したのと言う話をさせて頂きたいんですけども、浦河で結構メジャーな言葉なんですけど、私30歳になるまで札幌で働いていたんですけども、30歳になった時に「なんか札幌もういいかな」っていう気になったんですよね。静内かこっちの方に帰ってきたいなと思って、たまたま浦河の協力隊がすごくその時、浦河町自体盛り上がってて札幌から「くすみ書房」さんっていう今もうこないだなくなっちゃったんですけど、本屋さんの店長さんを呼んで講演会をしてみたりとか、私の友達でカメラの先生をしている女性がいるんですけど、その人が私に何の断りもなく浦河町に行って「写真のツアーの講師としてちょっと浦河行ってきたんだよ」みたいな感じで言ったりして、私の知らない間にすごい浦河が盛り上がってて楽しそうみたいな感じになってたんですよね。だからちょっと、なんか札幌にいるよりもそっちに行って自分のしたいことをできたらいいなと思って、浦河に移住することに決めたんですけど、札幌に住んでる一緒に高校、静高出た同級生たちに「浦河行くんだよね」って言ったら「え、何で敢えて田舎に帰るの?何にもないし面白くないじゃん」みたいな感じでみんな口揃えてそうやって言うんですよね、なんかそう言われたらすごい悔しくなって、絶対みんなが静内とか浦河に帰ってきたいっていう町にしちゃうぞみたいな感じで、あのこれ協力隊になる時の履歴書なんですけど、思いの丈をぶつけて結構今でもその思いは変わらないで生きています。

 

これが私がやりたいミッションなんですけども、そのためには自分が実際に楽しく町で暮らしていることを発信して、都会にいる友達とかに知ってもらって興味を持ってもらうきっかけにしようと思って、協力隊として活動していきました。

 

協力隊になってから例えば札幌の私ちょっとデザイン事務所にいる同僚、私カフェにいたんですけど、同じ建物の中でデザイン会社とカフェが一緒にあるところにいたんですけど、そこのデザイナーの男の子が写真撮る子なんですけど、私も写真を撮るので浦河に来てもらって「一緒に写真展やろうよ」って古民家で写真展をやってみたりとか、ちょっと見づらいんですけどこの子が「札幌ママカフェ部」というサークルを作って、札幌とか苫小牧とか八雲、ちょっと旦那さん転勤の関係であちことい住んでたんですけど、子育てママを巻き込んで、大きいイベントをやったりするすごいかなり有名な、道新の「人」っていう欄に突然出たりするような主婦なんですけど、その子とちょっと中学の時から文通をしてて友達なんですけど、その子に「ちょっと浦河まで来て浦河のママたちとちょっとしゃべってみてよ」みたいな感じで交流会みたいなイベントを企画してみたりとか、ちょっとその交流会がきっかけで、もともと浦河で「うららべつフェスタ」っていうイベントをやってる子育てママさんがいたんですけど、その人が「なんかもう何回もやるの疲れちゃったな」って感じだったんですけどさっきの子と交流する場を設けたことによって「私やっぱりやってみるわ」とか言って第3回目の「うららべつフェスタ」というのを結構3年くらい前の5月にやったりして、こんなでっかい規模のイベントをやったり、すごいこの時1,000人位来たとか言ってNHKのニュースとかにもなって、やっぱりこういうの都会の人見たら「え、浦河すごい盛り上がってんじゃん」みたいに気づいてもらえると思うんですよね。すごい嬉しかったですね。

 

こういうこととかやって、これを見せつけるかのようにフェイスブックとかに書いて発信してたんですけど、私の協力隊としての仕事の中で2015年に浦河町の応援大使として大谷くんと白村選手が付いてくれたんですけども、この応援大使が付く町村って毎年限られた町村が付くんですけど、その応援大使が付く町村が札幌ドームに行って、それぞれの特産品を売って下さいっていうイベントがあるんですよね。その時に浦河町何出そうかってなった時に浦河町は「すずあかね」っていう夏いちごが特産品なんですけども、「それをアイスクリームにして売ろう」って言って、夏だったから「アイス売ったらバカ売れする」って言って、それみんなで投票してもらって順位を決めるっていうイベントだったんですね、それぞれの特産品、おいしいところを決めるっていうイベントだったんですけども、すごい紆余曲折あったんですけど、そもそも材料のいちごがないってところから始まったんですけど、こういうアイスクリームをなんとかかんとか、いろんな人、農協だとか役場だとか生産者だとかアイスの工場にすごい無理言ったんですけど、いろんな人の協力を得てアイスを1個作りまして、見事そのイベントで優勝して、なんと栗山監督に札幌ドームで表彰してもらうという「うえーい」みたいな事があって、この時ラベンダー色のユニホームがもらえるっていう日のイベントなんですね、ドームってそういうイベントありますよね、という日で結構3日間だったんですけどドカンと入った日だったんですけど、私の恵庭とか札幌にいる友達も見に行ってたんですよね。何も知らないでいった友達が、私がなんかこうやって栗山監督に表彰されてるみたくなって結構インスタとかにバッとあげてくれたんですね。「浦河なんかすごいかもしれない、しかも大谷くんだし」って、すごい有名になったのかな。有名になりましたね、はい。

 

で、もう一つちょっとおもしろかったのが、「浦小ドーナツ食べに来てね」って書いてるんですけど浦河小学校の一昨年の6年生が浦河でお盆にやってる「みなとまつり」っていうイベントがあるんですけども、そこで自分たちで資金調達をして原材料の調達をして自分たちで調理をしたものを販売するっていうイベントを、6年生の担任の先生が企画をしてやったんですけども、その6年生の先生はちょっと遊び仲間だったんですけども、男性の方で「自分は全然調理ができないからレシピ提供とか、子供たちがそもそも何を作りたいのかを決めるところから始めるから、何を作りたいかわからないし、そんな言われたものを作れるかどうかわからないからレシピ開発とか協力してほしい」ということで、ちょっと小学校のこういう企画にそういう形で協力しました。こういう感じでできたんですけども、300個だか400個だかを「みなとまつり」で半日で完売して、保護者の方が買ってくれたっていうのもあるんですけど、そういうことをすることによって子供たちが例えば町の商工業者の方にお金を借りに行くっていうのをやったんですよね、先生の企画で。そしたら自分たちで商店街を回るから町にはこういうお店があるんだってことがわかったりとか、浦河の食材を使ってこれを作るっていう企画だったんですけど、米粉のドーナツなんですよね、浦河には小麦粉はないけど特別栽培米はあるからそれで米粉ができるんじゃないか、と。それでドーナツにすれば浦河産のドーナツになるんじゃないかっていう発想があったみたいで米粉を手配するところから、たまたま三石で米粉の機械を持ってる人がいたんでちょっとその人と繋がって先生に紹介してみたいな感じで、米粉を調達していろんな人の力を借りてこういうのを作ったというので、これもかなり面白い企画で、私がこれの情報発信を地域おこし協力隊のフェイスブックでしてたんですよね、そしたらこれの関連の記事を出したらすごいリーチっていうか見てもらう数がブワーっと上がって、コメントも全然知らない人から付いて「ホントに浦河でこういうことをやってくれるなんてすごいです」とかって私がやったわけではないんですけど、っていう反応があったんで、そういう発信って大事だなという感じになりましたね。

 

浦河の協力隊は私だけでなく7、8人何人いるだろう、いるんですけども、今ちょっと2名しかいないんですけども、今までにもいろんな面白い活動をしてたので宣伝ですけども、さっきから言ってるフェイスブックの協力隊のページをご覧頂いたらそれぞれがやってる面白い活動とかご覧になれますので、ぜひ機会があったら一度ご覧になってみて下さると今現在でやってるもう一人本物のデザイナーの山口このみちゃんという協力隊がいるんですけど「うまぐねっと」という情報サイトを作って浦河の情報をまとめたものを出したりしているのでちょっと見てもらえたらいいなという宣伝を入れちゃいました。

 

さて話戻りまして、地元を離れた人たちに、なんとかして地元を好きになってもらいたいっていうのを、なんとかして具体的にするために私がやりたいことは、浦河にごはん屋さんを作りたいんです。田舎にシャレオツなごはん屋さんが必要な理由としましては、よそから来る人の目的地になるんですね、飲食店というのは。その店にはお客さんがいるわけで、そういう田舎、地域にあるお店にはいろんな地域の色んな人が集うと思うんですけど、その人に会える場にもなりますし、さっきの米粉のドーナツでもないですけども浦河の食材を食べられる場として発信の場としても必要かなと私は思っております。

 

こういうちょっと面白そうなお店とかがあれば人は興味を持つし、どんどん面白ところに人は寄ってくるということなのでやってみたいなと思っております。

なんでごはん屋さんなのというと私ずっと飲食の仕事をしてたんですけども、高校卒業して定山渓ビューホテルに就職したんですよね、で、皆さんご存知山の中なんですけども、私あの洋食調理師見習いで入ったんですけど勤務中は食事は社員食堂とか、寮生活なんですけど寮にキッチンが一切ないんですよ。というのと、コンビニはすごい一杯あるんで、温泉街なんで、みんな休みの日のごはんはコンビニとかで食べたらいいんじゃないみたいな感じになるんですよね。街に出るのもすごい遠いしみたいな感じで、やっぱりそういう食事を続けていたら心が全く休まらないんですよね、自分の台所がないってのはこういう感じなんだっていう感じで。よそに行った人だけでなくて、普通に街で暮らす人達にとってもそういう食べる安心してごはんを食べられる場を作ることで、安心感が上がるんじゃないかなと思って、そういう場を提供したいなと思ってます。

 

経験を積むためにいろんな食に関するお仕事も今もらってます。デザインだとか何だとかの他に。託老事業って認知症の老人の方が月に1回集まる場があるんですけど、そこに2ヶ月に1回お菓子提供のボランティアをしたりとか、浦河の桜祭りでこういう手毬おにぎりを作るワークショップとかやってみたりとか、浦河町の事業で「うらコン」っていう婚活イベントがあるんですけどその時にお菓子出してみたりとか、成人式に交流の場があるんですけどそこでお菓子出してみたりとか、浦河二中で呼ばれていちごを使った料理教室をしてほしいということだったんですけど、みんなでパフェのパーツを作って食べましょうっていうイベントやったりしたんですよね。

 

これ何かというと大豆なんですけど、私任期の最後の方に、味噌作りをやったんです、習ったんですよね。味噌作りって大豆と塩と米麹があれば味噌できるんですけど、大豆頑張れば育てられるかもしれない、塩は何とかなるかもしれない、米麹は浦河産の米で米麹作ったら全部浦河産の味噌できるって思ってハッと大発見と思って、その後も醤油作ったりとか、納豆作ったりとか、発酵の研究を始めたんですよ、まあこんな時。浦河の米で米麹を作ったら何でもできるんじゃないかっていう発見をしたんですよね。

で、作ってみました。ちょっとまだこれ状態が悪いんですけど、作った米麹で甘酒を作ってそれを水分として、スコーンとかグラノーラとか水分入れた方がいいから作ったりして、ちょっとお菓子作ってみたんですよね、これたまたま友達がやってるイベントで販売する機会があったんで売らせて頂いたんですよ、こんな感じで。もう結構売れちゃって、結構売れちゃって、やらしい言い方ですね。なんか興味頂いてなかなかいいなこれと思ってやってます。

今後は米麹の品質をもっと上げて、飯寿司とか味噌とかを全部浦河産で作るっていうのもその飲食店でやりたいと思ってます。はい。

 

発酵って深いなって思うんですけど、発酵って微生物がいろいろ動いて腐らないで食べられる状態にするということなんですけど、やっぱりそうこうのって協力隊の時にいろんな人に支えてもらって、いい状態に持ってったんでなんか私と一緒だなという感じで、ちょっと私発酵と一緒に生きてくと思って、私お店やるときは、言っちゃおうかな「おんか」って名前にしようと思っていて、アイヌ語で発酵って言う意味なんですよね。と思っていて、「浦河✕発酵」みたいな感じで、今研究を進めております。

 

お店お店って言ってるんですけど実は物件が全然なくて浦河町に、すごい困ってるんですけど、すごい困っていたらとても大好きな浦河町内のカフェの方が「うち定休日の時貸してあげるから使いな」って言ってくださって、流行りの間借りのごはん屋さんを始める予定でおりますので、みなさんちょっとその時は何かしらの形で告知させていただくので、多分ド平日にやることになると思うんですけど、よかったら遊びに来て下さいって形です。

 

ちょっと最後にまたアベタクさんに刺さりたいと思うんですけど、実は「のど自慢」出たんです。役場のメンバーとその時にいた協力の女の子と5人で「ももいろクローバーZ」やったんですけど予選敗退しましたというご報告をして、私の発表を終わらせていただきたいと思います。

どうもありがとうございました。

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