第4回「Hidaka Player’s Talk」高村洋子さん

大江夢ちゃんピュアでしたね、ピュアでピュアな、本当に素敵な可愛い女の子でした。

先程からちょっとずつ流れてるので皆さんに見てもらってるかなと思いますけれど、私も静内生まれの静内育ちで、お見合いで様似町に嫁いだ軽種馬生産農家に嫁いだ父と母は田原というところに農林省の払い下げ地を開拓して入った開拓の両親の中で私は育ちました。

今日、どんなお話しようかなって夢ちゃんの年齢を聞くとですね、私それ以上3倍も、3倍以上生きちゃってるんですよ、だから失敗も悲しみもいっぱい背負っているので、今日はどんなお話を切り口として皆さんの前でお話できるのかなというところをずっと考えてきました。

プロフィールの中で「置かれたところで咲く」ということを付けさせていただいたんですけど、置かれたところで咲く、咲くと言うのは、大輪や成功の花を咲かせることではなくて、自分が置かれたところ、例えば雑草、たんぽぽが咲き終わって綿毛になって落ちた所、その上に残念なことに舗装が敷かれてしまった、だけど何年かするとその舗装の下からムクムクとたんぽぽは芽を出してそして花は咲かせていくんですね、そんな雑草も置かれたところできちっと割いているんだから、私もお見合いで言ったかもしれないけれども、軽種馬生産農家でしっかりと様似町に根っこを張らせてそして生きていけたらいいなという思いで、仕事をしてきましたのでこの言葉を使いました。

 

これ、浦河町の騎馬参拝です。ここで樋口さんご夫妻と出会いました。出会いのきっかけですね、うちの乗馬用の馬なんですけど「シーラ」っていうんですね、これにとても「かわいい、かわいい」って寄ってきて下さったことが、今日ここに立っている私があるのかなと思っています。100回記念の時には着物を着て袴を履いて101段の浦河神社の階段を登ったんですけど、今は西舎神社でJRAからスタートして、1月2日は必ずこの騎馬参拝に参加させてもらってます。私は嫁ですから、1月の1日2日ってやたら忙しいんですよね。「お正月なんて来ないほうがいいや」と思った時代もあったんですけど、このことをすることによって、「あ、お正月が来た、新しい年が来たな」ということを感じる一幕であります。

 

これは北海道競馬のマスコットキャラクターななせちゃん、ご存知ですか?みなさん。知ってる方ちょっと手を上げてほしいな、ありがとうございます。えっと実はこれ、ななせちゃん私が産んだんです。びっくりしますよね、そんなこと言ったら。私は先程映しましたけど24歳で嫁いで38歳の時にちょうど軽種馬生産業の転記が訪れました。これからは馬が余ってくよ、生産だけでは経営していけないんじゃないかという時代でした。勿論私は様似町ですから、千歳空港から遠い東部のえりも町や様似町で軽種馬生産をして、門別とか静内で経営をされている牧場と同じ土俵で戦わなきゃいけないってのは非常にリスクを背負いながらの経営でした。

ですので、騎馬参拝にも馬に乗ったと言っていますが38歳の時に初めてサラブレッドの騎乗育成に入りました。乗馬クラブからスタートし、夫と2人で自分の生産した馬を、乗って付加価値を付けてそして馬主さんに買っていただくという、経営の多角化に取り組みました。騎乗育成は、月々預託料というのを頂けるので、経営の一端を生産で減収する部分を馬に乗って稼いできたという歴史があります。

 

その時に色々と考えたことは、やっぱり農家に嫁いだ嫁というのは夫に仕事を教わり、義理の父に仕事を教わり、どうしても家庭の中で上下が付くんですね。指導者は常にそこにいるわけです。どんなに努力し働いても主従関係で嫁でしかないんですよねって生きるということは、自分が主体できちっと経営に参画しているんだよっていう立ち位置をやっぱり掴まなきゃいけないなというところで、私は平成12年に三石・浦河・様似3町の女性6人で女性の学習グループを立ち上げました。名前は名牝クラブっていうんですね。ご存知の通り名牝というのは優れた優秀な競走馬を輩出したお母さん、繁殖牝馬のことを名牝と言うのです、私たちもそういう母親になりたいという思いで名牝クラブと名前をつけました。その時にですね、3人の講師の方から勉強をさせて頂きました。非常に思い出深いのは、みなさんご存知だと思うんですけど、ビッグレッドファームの岡田繁幸さん、今日同級生の方がいらっしゃっていますけど、私幼馴染でした。会員が三石・浦河・様似ですので、会員に公平な会にしたくて必ず三石で1回、浦河で1回、様似で1回という講習会を開催致しました。その時に岡田繁幸さんは一番遠い私の様似に来てくれたんですけど、自分たちで立ち上げた会ですから、どこからも出るお金がないので自分たちの会費で賄ってきたんですが、失礼ながらですけれど、岡田さんに「すいません、本当に足りないんですけどお礼です」と薄謝を差し出した時、岡田さんが「どうもありがとう」と言って受け取って下さって、そこに自分のポケットマネーを足して会に提供してくれたんですね。「高村さんこれいいことやってるんだから頑張りなさい」と。その一言が私達を勇気づけてくれたなと今でも覚えています。

なぜなら、嫁というのはやっぱり大変なんですね、何かやると必ず、夢ちゃんじゃないですけど、「あいつはなんか目立ちたくてやっているのか」とかいろんなことを言われて、足引っ張られて、もう辞めちゃおうかなと思っている時に、そういう支えて下さった、勇気づけてくださった方がいたことで、私はこのマスコットを作った馬女ネットまで作ってしまいました。

 

名牝クラブをつくって10年後に日高管内の女性の学習グループを立ち上げました。それが名前は馬女ネット、馬女はうまの馬です。女性の女で馬女ネットと言います。そのネットワークを作ったのは、ちょうどまたその10年後でしたから、地方競馬の衰退・廃止で、生産馬が売れなくなるよ、ホッカイドウ競馬も赤字なら廃止になる!という時代でした。その時にいろんな外部から言われたことは、「ホッカイドウ競馬を残してほしいとみなさん生産地はおっしゃるけど、じゃあ生産牧場の地域の人たちはどんな努力をしてるんだい?」ということでした。それでその時にたまたまですね、ホッカイドウ競馬の運営委員会の委員の公募が新聞に出たんですね。そうした時に私の夫がですね、「お前これに応募したら良いんじゃないか?」と言われて、拙い文章で応募しました。無事入りました。その時にこの「ホクトくんのパートナーで女の子のキャラクターを作ってほしい」と、それは地方の競馬で北海道の生産地の競馬場だから、多くの女性、それから子どもたちが気軽に行ける競馬場にならないと残る理由がなくなるんだということを提案しました。ただその時にやっぱり「赤字経営で、大変な時にこんなマスコットキャラクターの制作費が出ない」と、「最低100万かかるんだよ」と言われて、ちょっと心が折れそうになりました。でも諦められず私が運営委員を終わる時に制作が難しければこちらで「作っていいですか」って言ったんですね、実は。「私が作ってもいいですか」って主催者北海道の方に交渉しました。そうしたら「実はね、デザインはできてるんだよ」。「え、なんだそこまで来てるんだったら後いくらで出来ますか?」って言ったら「5、60万あったら制作できるんだ」と言われました。それで私が考えたのは、これは募金で作ろうと、多くの人達に私たち生産地の女性たちが頑張って募金活動してこのマスコットキャラクターを作りました、それくらい思いが篭ってるんですというイメージアップにはいいな?と思ったので「馬女ネット」を設立した時に、この募金活動も馬女ネットの名前を使ってやりたいと言うことで会員の皆さんにご理解を頂いて募金活動が始まりました。この時募金が集まらなかったら私の自腹だなと覚悟してスタートしました。それで、実際に募金活動したんですが、どれくらい集まったと思いますか?先生いかがですか?130万超えました。140万には届かなかったんですが、130万という大きなお金が募金をしてくださった方、これだけホッカイドウ競馬に熱い思いをかけてくれているんだなという思いが伝わりました。それで、この「ななせちゃん」を作ったんですけど、まだ余りましたので、その残金で、北海道新聞の全道版にありがとうございましたというお礼の広告を出させて頂きました。

 

そして、二つ目は、エコバッグを、ななせちゃんのエコバックを作ってAibaの抽選会の景品にして頂きました。Aibaもたくさん募金活動に協力してくれたんですね。私の知らない沢山の人達が募金をしてくれているので、少しでもお返しが出来ればというふうに思いました。それでもまだ余ったんですよ。それでホッカイドウ競馬の冠レースを2年続けて、やらせていただきました。ななせちゃん誕生記念、バースデー記念ということで2年間、もちろん勝ち馬の厩舎さん、それから騎手の方、オーナーさんと、本当は生産者牧場に行きたいんですけど、地方競馬というかホッカイドウ競馬のオーナーさんはブリーダーさん生産者が多いんですね、なのでオーナーさんに行くと生産牧場にフィードバックすると思いましたので、3つできれいに135万くらいを使い果たしました。

「ななせちゃん」と私勝手に言ってるんですけど、作る時に名前決めてたんですよね。なぜかというとホッカイドウ競馬はグランシャリオナイター、北斗七星、で「ほくとくん」がいたので北斗七星でちょっと読み替えると「ななせ」と読めるので、「ななせちゃん」ということを付けました。プレゼンターは私がこのななせちゃんの中に入って、そしてプレゼンターを務め、それからホッカイドウ競馬の主催者の方にこれをプレゼントさせていただきました。

 

ここまでやってきたことはですね、樋口さんから「昔のことより今頑張っている様子を」といったので私昔のこと言わないつもりだったんですけど、これが今日主にお話するプラセンタ美容液っていうのを今回作った話に移っていくのはこの名牝クラブと馬女ネットがなければ自分はここに繋がらなかったんです。プラセンタってみなさんご存知ですか?哺乳動物の特別な臓器、胎盤なんです、それが手法は様々ですが抽出、濾過されて実際にはサプリメントとか化粧品に変わるんですけど、私たち若い頃馬の胎盤というのは全部堆肥場に埋めていたんですよ堆肥として。それがちょうど馬が売れなくなった頃、この胎盤が注目されて、最初は1個5,000円くらいで買い取られるようになりました。

それが1年毎に値段が上がっていくんですよね。なんでそんなに値段が上がるのかなって私考えてちょっと調べさせていただくと、そういう化粧品とかサプリメントに変わっていると。値段が上がるということは需要があり品質が良いと、考えたところ、プラセンタは一滴入っただけでも高価な化粧水や乳液に変わっている、サプリメントに変わっているということを聞いた時に「ああーやっぱりここでも生産者は薄利多売だな」と、いつも作る側が一番利益が少なくてそれを中間で買い取って加工して販売している人たちが大きな利益をもたらせていると、であればこの日高に今は生産頭数が6,000頭くらいといわれていますが、6,000個もあるわけですよ、そう考えると日高のこの地域でそれを作る工場等ができたらこれは地域産業おこしにもなる、雇用も増えるし、ある意味では生産牧場がこの胎盤をきれいに処理して製品化することは循環型の軽種馬産業の六次化に繋がるのではないかなという風に考えていました。夢ですよ夢!それで最後軽種馬産業に嫁いでそこで骨を埋める自分にとって、軽種馬産業で一体何をしてきたんだろうか、自分の経営だけを考えるんであればそれはそれで1つの道です。ただ私はやっぱり開拓者の父や母のもとに生まれ、一生懸命働くという後ろ姿を見せてもらった人として、やっぱり自分もそこでしっかり咲いたよというか、根を張るうしろ姿を子どもの目に焼き付けたい、親が見せてくれた後ろ姿のように名牝クラブを作った時もみなさんに名刺を持って頂きました。女性も名刺を持ちましょうって。その中に、後ろ姿のかっこいいお母さんになろうというのが私たちのキャッチフレーズでしたのでどんなに年がいっても、生きるってそういうことなんだっていう、後ろ姿だけは子どもに見ててほしいなと思ったものですから。ただ、大きな話をしてもしょうがありませんので、私は今、元はそうやって育成も馬にも乗ってきましたけど、小規模経営の牧場は廃業せざるを得ない程、馬が売れなくなった時に、やっぱり自分たちの子どもを後継者として残すことができませんでした。先行き不透明な場所に学業が終わり夢を持ってる子どもに戻っておいでとは言えなかったので、子どもは自分の人生を歩みなさい、行きたい道を歩みなさいということで、今は夫と二人で繁殖を6、7頭、生まれる仔馬はだいたい5、6頭ということで絞って細々とやっています。

ですからうちから出る胎盤というのは、年間5、6個しかないんです。本物の美容液を作ってそして生産地でそういうことを夢見て、女性がきれいになって頂けるようなそれから身体を元気にして、また馬に関わってもらえるようなそんなエキスがこの胎盤には含まれていると感じました。色々文献を調べてみると、クレオパトラとか楊貴妃とか、昔は使っていたんですね。それと私たち子どもを産んだ時に病院から臍の緒ってのを桐の箱に入れて返されると思います。ずっと私はそれを親子の証、絆ということを知らされていたんですけど、実はそれを遡ると、子どもの命に関わるような危機が生じた時、または母親の母体が危ない時にそれを煎じて飲むということは昔から伝わっていたそうです。私はそれ知らなくて感動したんですね、「あ、それだけ薬として口に入れても大丈夫なら美容液にしても大丈夫なんだ」と思いました。ただ、4頭5頭の胎盤を使って美容液を作るというのはリスクが大きいんですよね。かかる経費というが非常に高いんです。一釜作るというのは40個の胎盤を必要とします。それの1/10ですよね4、5頭というのは、ですから経費が大きくなりますよね。今流行の、私はあまりこういうのは詳しくないんですけど、クラウドファンディングというのに取り組んでみないかという、アドバイスを得てやってみました。

これがクラウドファンディングをやった時の表の画面です。これ支援総額1,155,000円になってますけど、実はこれは1/3くらいの金額なんですね。でも、ここに応援してくださった方もお見えになっています。その応援してくださった方々ってのは、これまでの馬繋がりの人繋がりでした。実はJBBAのブログも担当させて頂いてもう5年になります。金曜日に「競馬女子部」というところをどなたでも検索していただくと金曜日に上がっている私のところにクリックして頂くとこれまでの過去のブログが全部見ることが出来ます。

そこでブログを読んで下さっているファンの方々いますね、本州の競馬ファンの方だったり、馬が大好きなのという女性たち、そういう人たちがみんな応援してくれてました。私の子どもは2人東京におりますので、娘たちが自分の母がこういうことをやっているということをお友達や同僚に知らせてくれたり、一番上の長女は虎ノ門というところで助産婦をしています。ですので命に関わる仕事を通してプラセンタ効果っていうのを十分知っている方々のご理解、応援を頂いて、無事クラウドファンディングは成功することができました。

 

クラウドファンディングに出した数々の中身です。この入れ物の中には、この写真が入っています。「自分のうちの馬の、このお母さんから産まれた子どもの胎盤です」と言うことで、お知らせをしています。とてもこの中身っていうのは喜んで頂いているのですが、クラウドファンディングをしたもう1つの理由としては、クラウドファンディングに呼びかけることによって、皆さんに覗いて頂けて、広報活動というのがわりかし少なくて済む、返礼品としてこの品物をお返しさせて頂いたので、使って頂く機会にもなりますし、賛同頂ける頂けないは別として今はこういう時代ですので、どんどん覗いてくれることが馬しか売ったことがない人間が、目覚めこんなところにこんな風に出て一番美容ということには興味のない100円のちふれしか使ったことのなかった私でしたが、、軽種馬生産業のもしかしたら副収入になるかもしれないと思うだけでこのことをやってしまったんです。ただ先程もそうですけど、応援していただいた方々に助けられながら、今製品をいろんなところに置かせて頂いております。去年はJRAさんのターフィー通販ショップにも出させて頂きました。

このパッケージは、浦河の女性のデザインです。私が様似ですので、日髙東部の中で完結したいなと思って、お願いをしまして、小野寺さんという方なんですけど、浦河に移住された方です、好評でした。現在は様似町のふるさと納税の返礼品にも入りました。これは私とってもうれしいんです、どうしても軽種馬生産業っていうのは競馬の馬を育てているので、なかなか理解を示されない産業なんですよ。「どうせギャンブルなんだろう?」とか「馬は派手だからね」とかよく否定的な見方をされて、私は農業として嫁いだんだけど、途中で「農業じゃないんだよ」って言われた時に、ものすごいショックを受けた。私はもうこの軽種馬生産業なんて辞めるって。私は開拓者の娘に産まれて農業をしに来たんだから、それが農業として認められないんだったら、人生として、これは道を間違えたと思ったんです。しかし人の気持ちは変えられないけど自分の気持ちは変えられるんですよね。

今ここに来たけど、そこで根を生やすんじゃなかったのか、と自分に自問自答して、ならばどうやって生きていくんだ、あ、私きっと自分の生き方が試されているときなんだなと。アクシデントがあったときにはいつもそういう風に決めてます。辛いとかもう辞めちゃおうとは思うんですよ、思うんだけど、あ、きっとこれまでやってきた私がホンモノであるかどうかっていうことを今試されてるんだなって。で試されてるとしたら、もう1つきっとそんなこと言ってるけどお前には足りないものあるんじゃないか、ここが足りないんだよということが今私にアクシデントとして起きているんだと、だったらもっと謙虚に辛かったことをどうやったらそれを克服できるかということを考えたほうがいいんだな、といつもポジティブに考えるんで、フロンティアな性格だったんですね。だからポジティブに、自分の気持ちをポジティブに考えれば難なく生きていけるんだということを、この3つ4つの経験を通して教えてもらったんですね。

だから理解されなくとも仕方ない、もう地道に頑張るしかないんだと思っていたので、1つ1つのことをクリアというか乗り越えていくしかない!という若い私でした。話は戻りますがこのふるさと納税返礼品というものが各町でも盛んですけど、3つの条件があって、地元で取れたものかどうか、加工したのが地元であるか、販売が地元でされているか、という3つの条件があって、この2つをクリアしないとダメなんですよ。様似町は海の町ですから、いくらとかカニとか、海産物が非常に好まれる町なんですけど、どうしてもそれはシーズンがあるので、通年でふるさと返礼品を作ることができないかというのが町の問題だったようなんですよね。それで私はこのことを提案して2つクリアできるんです。製造するのは東京のスノーデンという会社で抽出していただいているので、胎盤をうちで生産しているので様似ですよね、販売も私がやっているので2つクリアできるので、なんとか返礼品に入れないんでしょうかということを交渉して、いろんな書類を出さないといけなかったんですけど、ふるさと返礼品として認められました。特に11月12月はふるさと納税の盛んなときです。そうすると結構この品物を選んでくれるんですね。それで使って頂いた方が、今リピーターさんにもなってくれています。

そういう風に広告宣伝は私自身は下手くそだし、販売店を持ってるわけじゃないので出来ないんですけど、これを地道な活動として、これによって日高の中小牧場の生産牧場というのをみんなに知ってもらって、それがご縁で色んな人が日高を訪れてくれて、静内を訪れてくれて様似まで足を伸ばしてくれて、いい写真を撮りたい、夜空の星を撮りたいから行っていいですか?とかそんなことでは昨年は随分と様似町に訪れてくれた女性が多かったです。

 

ふるさと返礼品については男性の名前での注文が多いので12月はクリスマスセールとか言って自分の素敵なパートナーにプレゼントしませんかというキャッチフレーズを作って、ちょっとだけ値段を下げて、多くの人達に使って頂きたいなという風に思いました。それで美容液ですから少しだけを宣伝をさせて頂くと、人間の皮膚って28日の周期で生まれ変わるんですね、これは今30mlしか入っておりません。ただ大切に大切に使って頂いてこの1本が使い切る頃に効果が実感できます。これ100%の美容液ですので、化粧水に混ぜて使ってもいいし、乳液に混ぜて使ってもいいです。ただこのプラセンタっていうのはヒアルロン酸とかコラーゲンの吸収を良くするので、できれば顔を洗った時、お風呂上がった時一番先にこれをつけてそれからお手持ちの化粧水とか乳液を使って頂くことが一番効果が出やすい、と言うくらいのお話をさせて頂いています。ただ、まだ完売もしておりませんので、大きなことは言えませんけど、もしご賛同頂ける方がいらっしゃったら本当に共に作りませんかということを呼びかけさせて頂いています。静内のエクリプスホテルさんにも置かせていただいています。釧路の山花温泉にも置かせて頂いております。札幌、千歳も私が行っているところでは快く置いて頂いているので、細く長く愛用いただいて実感して頂けたら日高の生産牧場も副収入になって今までいなかった担い手がIターンUターンして来てくれたらいいなという風に思っています。

 

今、様似町では日高王国っていう修学旅行生の体験受け入れ、大阪、九州が多いんですけど、体験受け入れもスタートしています。これも私が提案した理由は牧場の売れなくなった馬の収入をどこでカバーするのは、何かサイドビジネスがないと生産牧場というのは脆いなということを実感しましたので、色んな意味で私は女性の端くれ、女の皮を被った男だとか色々言われているんですけど、私は女性の目線でこの軽種馬牧場の経営をどう維持するかっていうノウハウは男性とは違った目線を持ってると思うので、2人が共に並んで歩く仕事、並んで歩ける仕事として軽種馬生産業というのをアピールしていきたいなと思っています。私たちは個人経営ですので、夫と私が共に了解すればいろんなこともチャレンジできるし、チャレンジに失敗はつきものと思ったんですけど、先程言ったように一生懸命ことに当たってあんまり失敗しないんだなって言うことは45年くらいこの仕事に関わって得たことです。それは今まで出てこられた方々と同じように、出会いがあったり、伝わるんですよねやっぱり。幸いなことにうちの牧場も小さな牧場だったんだけど、アーニングインデックスという繁殖牝馬の頭数と活躍した馬を割り返す確率っていうのは非常に高かったなと思っています。それは馬のおかげです。本当に馬に「ありがとう」。先程「木にお礼する」って言ったけど、乗せてもらうときには馬の顔に「よろしくね」、って下りたときには「ありがとうね」ということをうちに来られて体験する方々、樋口さんにもそういうことはお伝えさせて頂きましたし、修学旅行生にも「こういうのは挨拶だからね」、って「ちゃんとしてね、馬の方も初めて来る君たちを怖いんだよ、君たちも乗ること怖いかもしれないけど、馬も怖いんだよ、私たちはもう匂いでね、『父さんだな母さんだな』ってわかるけど、みんなは可愛い可愛いって急に近づいたら、やっぱり馬は怖いと思う。馬にも間合いっていうのがあって、これ以上接近されると嫌だっていう拒否反応を起こすから、必ず脇から入ってって『こんにちは』『今日はボク乗らせてもらうよ『今日私乗せてね』って挨拶してね、ということころから始まって、そういう方々がリピーターとしてうちの牧場に馬に乗りに来てくれる大学生のアルバイトの人たちもたくさんいます。そういう人たちのお陰で私たちも跡継ぎのいない牧場ですけど、交流をしてくれる人たちに支えられてこういう製品まで作ろうと思う気持ちにさせてくれた。作ったことに価値があることではなくて、そこまでそういう気持ちにさせてもらったっていうことだけで私はなんか自分で満足しています。後、だからみなさんの手に渡っていくのは付録でしかないかもしれませんが、少なくとも確実にいい製品をきちっと作っていくためにはこの馬たちの健康管理、出産する時にきちっと自分たちが立ち会い必要な時に手をかけてそして製品に至るまでを送り出すのが生産者だし、じゃあその製品がどういいものにするかっていうのはやっぱり母体に胎盤がある時から、どういうものを食べさせて、どういう風に馬に運動させて、どういう牧草を食べさせるのか、というところからスタートするのは、人間の子どもの教育であったり子どもを産み育てている人間と同じだと、同じ過程を辿っていると思いますので、これからも出来る限り自分の仕事に沢山の方々から頂いた言葉や文章で勇気づけられたことに自信を持って、そこで根っこを張り続けていけたらいいかなという風に思っています。

 

こんな宣伝みたいですけどそう受け取らないで下さい。そんなことで日高の生産牧場の小さな生産牧場の1人として、頑張って生活していきたいなと今でも思っています。もう後何年かな、4、5年しか出来ないかもしれませんけど、こんな機会を騎馬参拝で出会った樋口さんに「やってよ」と言われて、「うん考えておく、みんなどんなこと話すのかな」と何回か参加させて頂きましたけど、こういう機会を頂いて本当にありがとうございました。

これで終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

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